東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1258号 判決
控訴人等代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、「原判決の被告主張事実中(記録第一七八丁表九行目)の昭和二十三年十二月二十日とあるを昭和二十二年十二月二十日と訂正する。なお、(一)原判決は民法第五百四十五条第一項但書を誤解したものである。即ち同但書に第三者の権利を害することを得ずとあるも、そは第三者が契約当事者に対抗し得る場合にのみ適用するべきものである。本件は昭和二十二年十二月二十日売買契約が解除となつたのであるから本件不動産は当然控訴人柚木忠七に復帰したのである。被控訴人は本件不動産についてはその取得登記がないのであるから控訴人柚木に対して、その所有権取得を主張することができない。(二)仮に昭和二十年十月九日控訴人等相互の間に売買契約があつたとしても、同契約は臨時農地価格統制令第三条に違反した契約であるから当然無効のものである。即ち本件売買代金は一万一千円であり、同令第三条による本件不動産の価格は千四百六十三円四十四銭(賃貸価格に四十四倍を乗じたもの)であつてその統制額を超過するものである。(三)また仮に控訴人佐野と被控訴人との間に本件不動産の売買契約があつたとしても該契約は農地調整法第六条の二に違反したものであつて前項と同様の理由によつて当然無効のものである。統制価格に違反した売買の私法上の効果については、契約全体を無効とせず、統制価格超過部分のみを無効とする見解があるが、不動産売買の如き場合は特に全部無効とするを相当と考える。」と述べ、被控訴代理人において、「右控訴人の抗弁事実中(一)(二)は否認する。(三)は本件不動産売買契約が統制価格に違反した売買であることは認めるが、他は否認する。」と述べた外は、すべて原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人主張の本件土地が控訴人柚木忠七の所有であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いなき甲第二、第三号証、同第六号証の一、二原審竝びに当審証人福井政勝の供述により成立を認め得る甲第四号証及び右証人福井政勝、原審竝びに当審における被控訴本人(原告本人)志田忠太郎の各供述を綜合すれば、右土地は昭和二十年十月九日控訴人柚木より控訴人佐野に代金一万一千円にて売り渡され、次で昭和二十一年四月十日被控訴人は控訴人佐野より代金同じく一万一千円にてこれを買い受け、代金を支払い、土地の引渡を了したことが認められる。原審竝びに当審における控訴本人(被告本人)佐野金太郎の供述中右認定に反する部分はたやすく信用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。
よつて右各売買契約の効力につき按ずるに、前者の売買当時においては臨時農地価格統制令施行中であつたから、売買価格については地方長官の許可を受けた場合の外は統制価格を超えて売買契約を為し得ざることは同令第三条の明定するところであつたが、同令は昭和二十年十二月法律第六十四号第一次改正農地調整法によつて廃止せられ、同時に同法第六条の二において前記統制令第三条と同様の価格統制の規定が設けられ、昭和二十一年二月一日より施行せられた。而して右第六条の二第三項によれば価格統制に違反した譲渡契約であつても主務大臣において価格算定の基準を定める告示(告示は昭和二十一年一月二十六日なされた)のあつた際当該農地につき既に譲受人の権利に関する登記ありたるもの又は当該農地の引渡を完了したものについては同条の二第一項の禁止規定はその適用がないのであるから、登記はないが、既に控訴人佐野において本件農地につき引渡を受けていたこと同控訴人の原審竝びに当審における供述に徴し明かである本件においては同控訴人と控訴人柚木間の売買契約については価格違反の点を云為することは許されないものといわねばならない。
しかしながら、控訴人佐野と被控訴人との売買契約は前記主務大臣告示後であり、第一次改正農地調整法の施行後でもある昭和二十一年四月十日であることは前認定の通りであるから、前記第六条の二第三項はその適用なく、従つてその第一項所定の価格統制に服さねばならぬものである。ところで本件土地台帳上は九筆に分筆せられ、(この分筆の事実は争いない)、その内畑は二反五畝十五歩この賃貸価格二十八円三銭山林は四畝二十四歩この賃貸価格六十八銭であることは成立に争いなき乙第二、第三号証により明かであるから、右畑の部分の統制額は右賃貸価格の四十八倍の金千三百四十五円余に過ぎない。而して右畑は本件目的土地の大部分にして約六分の五を占め、これに価格統制のない約六分の一の山林が加つて売買せられたのであるが、元来山林の売買価格は畑のそれに比し低廉であるのが通例であり、本件売買において山林の分として特に異常の高価に評価算定したと認むべき証拠もないから、代金一万一千円で一括してなされた本件土地の売買は明かに右農地調整法第六条の二第一項に違反したものというべきである。而して農地の価格統制は臨時農地価格統制令が廃止せられた後は前述の如く第一次改正農地調整法中に同様の規定が設けられ、且つこれが違反者に対する刑罰規定まで置いて統制の強化に努めているところであり、耕作者の地位の安定、農村経済の更生、農村平和の維持を期するため農地関係の調整を図るという同法の目的精神からすれば価格統制に違反した売買契約は単に価格の統制額超過部分の一部無効を来たすに止まらず、その契約の全部が無効となるものと解すべきである。しからば被控訴人買受の本件土地中には一部山林が含まれてはいるが、売買は畑山林を一括し、統制額を超過せる価格が含まれた代金を以て契約せられたものであり、畑と山林とを分割して契約の成否を判定するに由なきものであるから右売買契約は全部が無効であるといわざるを得ない。被控訴人の本訴請求は同人と控訴人佐野との間の売買契約が有効なることを前提とするものであるから、爾余の点につき判断するまでもなく失当であり、これを棄却すべきである。
従つて被控訴人の請求を認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)